【聖王歴128年 緑の月 42日 早朝】
<極寒の島国 フロスト王国の港>
「さむさむさむさむさむ……」
『さ、サツキちゃんっ。鼻水が大変な事にっ!?』
年頃の乙女として大変よろしくない顔のまま高速振動するサツキを見て、ユピテルは慌てて手拭を渡した。
「ありがど、チーーーーーンッ!!」
『わあああっ、汚ないぃぃっ!!』
「む、汚いとは失敬なっ……ずびーー」
『しくしく……』
「いや、ホントうちの妹がゴメン……」
サツキとユピテルは目的地のフロスト王国に到着して早々、極寒の大地の洗礼を浴びていた。
俺は何度か来たことあるから慣れてるけど、さすがに初めて来た時はサツキとほぼ同じような状況だったのが何だか懐かしい。
「エレナは平気?」
『はいっ。涼しくて快適ですね~♪』
『「涼しいって……」』
エレナの人間離れしすぎな (いや、実際人間じゃないけど)答えに、チビッコ二人組は唖然としている。
前々から思ってたけど、エレナは水の精霊というより、氷の精霊と言う方がしっくりくるよなぁ。
「つーか、まだこの辺は寒くない方だけどな。この先はもっと寒いぞ……?」
俺の一言でサツキの顔が完全に凍り付いた。
少し可哀想ではあるが、これが現実というヤツなのである。
「まあ、宿はちゃんと暖を取れるから、二人で留守番しててもー……」
「それはヤダ!」
サツキが俺の提案を即答で却下し、ユピテルも震えながら頭を縦にコクコクと振っている。
「せっかく外国へ旅行に来たのにずっと部屋から出ないとか、あたし的にありえないからね!! ……へっくしょんっ」
コイツすごいっ!
すごいけどバカだ!!
◇◇
<フロスト城下の都 宿屋>
外の極寒地獄を抜け、宿屋の部屋へとやって来た。
四人で小さな部屋に雑魚寝するだけの安価な宿ではあるけども、自前で薪(たきぎ)を用意すれば暖炉が無償で使えるのはとてもありがたい。
まあ、サツキとユピテルが部屋に入ってすぐに暖炉の前に陣取ってしまったけどね。
とりあえず俺は旅の記録に目を通すと、改めてフロスト王国にやって来た目的を説明する。
「明日43日の深夜、魔王四天王メギドールが都を襲撃してくるから、そいつを撃退しようと思う」
『あれ? カナタにーちゃん、王様や鍛冶屋の人はスルーしちゃって良いの?』
ユピテルの問いに対し、何故かサツキがやれやれといった顔で首を横に振った。
「あたし達じゃ門前払いされるのがオチだし、スルーで良いんじゃない?」
「な、なにぃっ!? サツキが学習してる……だと!!!」
首を絞められました。
「サツキの言う通り、城に行ったところで異国の冒険者である俺らじゃ何もできないし、そもそもアイスソードの正体が何であるかを知っているから鍛冶屋へ行く必要も無いんだ」
俺がそう答えると、続けてエレナが首を傾げながら問いかけてきた。
『あの、カナタさん。妖精のハルルさんとフルルさんは……?』
「普通に考えると、アイスソードは長剣強化用の魔法石だし、俺らが山を登る理由が無いんだよなあ」
『確かに、水属性攻撃に関してはエレナねーちゃんがいるし、カナタにーちゃんが氷の剣を手に入れても宝の持ち腐れになっちゃうもんなー』
持ち腐れと言われると何だか釈然としないけれど、ユピテルが言ってる事は正しい。
そもそも、都が襲撃された時にカネミツが自らの命を省みることなく人々を救おうとしたからこそ、妖精ハルルは自らの命と引き替えにアイスクリスタルとなったのだ。
「だけど、正直なところ気になってる事はある」
『気になってる事……?』
俺は首を傾げるエレナの前に紙の束を広げると、日誌の下の方を指でなぞった。
「姉のハルルがアイスクリスタルとなって消えた後、妹のフルルはどうなったのかなって。それに、妖精である二人がどうして人間の都であるフロスト王国を見守っているのか、それすら知らないまま別れちまったからな。その根本的な部分を解決しないと、ゆくゆくは"どこかの勇者"がアイスソードを手に入れようとして、ハルルが消える未来になってしまうんじゃないかって思うんだ」
ハルルとフルルは双子の姉妹で、フルルはとても無口であまり感情を顔に出さない子だった。
ハルルが消滅し、アイスクリスタルへと姿を変えた時だってフルルは表情一つ変えなかったけれど、その内心がどうだったのかなんて知る由も無い。
「なあサツキ。俺が死んだら、やっぱ悲しむと思うか?」
「えええっ!? いや、そりゃ……うん、そう思うよ。たとえおにーちゃんでも、居ないと寂しいしー……ねぇ」
何故か挙動不審に答えるサツキだったが、それを横目に見ていたユピテルがニヤニヤしている。
『サツキちゃんってば強がってるけど、絶対大泣きするに決まっ~って痛ぁっ!! ちょっとっ、いきなり蹴……痛っ、ちょ、やめっ、やめてっ! オイラが悪かったからヤメてーっ!』
ユピテルにひたすらローキックを連続でキメ続けるサツキに二人で苦笑しつつも、再び俺の方へ向いたエレナは、真剣な表情で問いかけてきた。
『この街だけでなく、カナタさんは妖精のお二人も助けたいのですね』
「……うん、やっぱり放っておけないよ」
俺の答えを聞いて、エレナは嬉しそうに微笑んだ。
【聖王歴128年 緑の月 42日 昼前】
俺達はすぐに都の北へと向かうと、山頂の神殿を目指すべく登山を始めた。
鍛冶屋へ行く時間を省いた分だけ登山開始が早まったし、今回はルートを変えたので雪崩に遭う心配も無いはずだ。
問題があるとすれば……
『さむさむさむさむさむ……』
「ユピテルくんの鼻水が大変なことにっ! 手拭は貸さないけど」
『ひどいっ! ……へっくしっ!』
妙な既視感を覚えつつも、吹雪の中でサツキとユピテルが凍える姿を見て溜め息をひとつ。
案の定、サツキとユピテルの二人は限界突破の寒さにやられてしまっていた。
「あのさ、まだ今なら麓(ふもと)に戻れるから……」
「『やだっ!』」
さいですか。
「雪山といえば男女の仲が深まるイベントが定石! ふたりが肌で暖めあうアレコレを見逃してのうのうと逃げるような薄っぺらい覚悟じゃないんだよっ!」
「お前は何を言っているんだ」
そもそも肌で暖めあうイベントが起きてる時点で遭難しちまってるし。
『サツキちゃんと宿屋で二人置いてけぼりなんて、絶対また何か変なトラブルに巻き込まれる気しかしない……寒い方がマシ……』
「いや、ホントごめんな。マジでごめんな」
そんなやり取りをしながらしばらく登山を続けていると、さっきまでガタガタと震えていたはずのユピテルがピタリと静かになった。
「おーい、大丈夫かー?」
『頭に猫を乗せた天使が手招きしてる……』
『わああああーっ! ユピテルさんっ、それ絶対ついて行っちゃ駄目なヤツですーーっ!!』
駄目だこりゃ。
そんなわけで、一旦諦めて街へ戻ろうとしたその時――
【危機感知】
重要度 大
「えっ!?」
突然の危機感知スキルの反応と同時に、周りからゴゴゴゴ……と地鳴りのような音が聞こえてきた。
険しい雪山でこの音って、ま、ま、まさか……!!
『カナタさん、あれを見てくださいっ!!!』
エレナが焦りながら指を差した先に目をやると、そこには大量に流れ落ちてくる雪の塊が見えた。
しかも確実に俺達を巻き込む直撃コースで!!
「雪崩(なだれ)ーーーーーっ!!?」
サツキの悲鳴で我に返った俺は、急いで回りを見るものの隠れられそうな箇所は無い!
「くそっ! わざわざ登るタイミングを変えたのに狙い撃ちかよ!!」
マリネラとスイメイの一件でもあったけど、これも「避けられない運命」というヤツなのだろうか?
……だが、今はそれよりも目前に迫る雪崩をどうにかしなければ!
俺は、右手に全魔力を集中する。
そして真っ直ぐに右手を構えると、真っ赤に輝く指輪に向けて叫んだ。
「イフリート召喚っ! 全力で雪崩を吹き飛ばせ!!」