【翌日】
『さあ早く出るんだ!』
『はいはい』
早朝、向かいの牢から聞こえる騒ぎ声であたし達は目を覚ました。
「うにゃうにゃ、どしたの?」
あたしが目を擦りながら問いかけると、ドクはこちらをチラリと見て、ヒラヒラと手を振って笑う。
『まったく、君らが騒ぐからお嬢さん達を起こしてしまったではないか』
しかし、苦言を吐くドクに対し何も答えないまま、兵士は彼を連れて牢の外へ行ってしまった。
なんなんだろー? とか思っていたら、入れ替わりで温厚そうな雰囲気の妖精(おじさん)が入ってきた。
「あっ、ねえねえおじさん! ドクは釈放なの?」
『おじさんっ!? いや、俺はそんな年齢じゃないんだが……コホンっ。ヤツは重罪人だったからな。釈放ではなく……うーん』
なんだか歯切れの悪い言い方だな。
と、あたしが不思議に思っていると、ユピテルが何かを察したのか『あっ!』と声を上げた。
『……もしかして死刑執行なの?』
『うっ!』
ユピテル自身も処刑されそうになった経験があるゆえに『その空気』を察したのだろうか。
小さな男の子に図星を突かれたせいか、妖精(おじさん)はばつが悪そうに目を泳がせている。
「ってことはホントにドクは死刑なの!? なんでさっ、ドクはそんなに悪いコトしたのっ!!」
『……君達には関係の無い話だ』
「おじさんっ!」
あたしが呼びかけるものの、妖精(おじさん)は目を逸らすと、牢の入り口の方へ戻って行ってしまった。
でも、ほとんど聞こえなかったけれど『仕方ないんだ』と呟いているのが聞こえた気がする。
『あの人もどうやら納得はしてないみたいっすね』
「う~~、でもこのままだとドクが殺されちゃうよっ!」
しかし、まるであたしの心配に対し現実を見せつけるかのように、外から大人達の声が聞こえてきた。
『これより重罪人ドクトルフォーセットルドルフの処刑を執り行う!』
『長ったらしくて呼びづらかろう。ドクでいいぞ』
『ええい! それは飽きるほど聞いたわ馬鹿者ッ!』
やっぱりドクはその言い回しが決めゼリフらしい。
……ってそうじゃなくて!
「ど、どどどど、どうしよう!!」
『どうしようと言っても、オイラ達だって牢屋から出られないもんなー』
『……』
牢屋の中であたし達がアワアワしている間にも、外からはガラガラと何かを運ぶ音が聞こえてくる。
それからしばらくすると物音が止み、大人達の会話が聞こえてきた。
『まあいい。最期に何か言い残すことはあるか?』
『そうだな……』
少し間をおいてドクはこう答えた。
『最後に可愛いお嬢ちゃん達に話し相手をしてもらえて嬉しかったぞ! 達者でやれよ~っ!』
『っっっ!!!』
直後、フルルは表情を歪め奥歯をギリリと噛みしめて大声で叫んだ!
『ドクトルフォーセットルドルフッ!!!』
これまで聞いたことのない程に大きなフルルの叫ぶ声に、あたしだけでなくハルルまでもビックリ仰天!
続けてフルルは、自らが『門外不出』としていたそれを口にした。
『GodBressにおけるシステムコンソールでの空間転移コマンドは、景色を思い浮かべてフライアだ!!! 誰を送るのかメンバー指定ウインドウが開いたら、自分の名前を選べッッ!!!』
それから間を置いて――
『恩に着るっ!!』
と、ドクが礼の言葉を述べた直後、外からは『なんだこの光は!』やら『何が起きたんだ!?』やらと、慌てふためく兵士達の声が聞こえてきた。
そして――
「見た目に似合わず律儀だねぇ」
『見た目と同様にダンディだと言ってくれたまえよ』
ドクは自信満々に笑みを浮かべながら、あたし達の前に戻ってきた。
そんなドクを見て、フルルはいつもの無表情のまま淡々と呟いた。
『絶対に……悪用厳禁』
『うむ、天に誓おう』
ドクはそう宣言すると、昨晩と同じように呪文を唱え、目の前に九枚の地図を展開した。
前回同様に右から四番目のやつに右手をかざすと、ぶつぶつと何やら呪文を呟き苦笑した。
『なるほど。君達の世界は決して美しくないな。ワタシ達の世界程に規律もしっかりしていないし、魔王と呼ばれる存在が未だに世界を蹂躙している、か』
どうやらドクの目にはあたし達の世界が見えているらしい。
「ぶーぶー、なんだよー。人様の世界になにか文句あるのー?」
『いいや違うぞお嬢ちゃん。確かに、我々の世界は平和で美しく規律もしっかりしている。しかし、それが"すばらしい世界"なのかという点においては全く別の問題なんだ。ワタシにとっては、君達の世界の方が素晴らしい』
「あー、それ分かるかも。あたしのお友達でプリシアちゃんっていうお姫様がいるんだけど、お城の生活が退屈でいっつも逃げてたらしいもん。良い悪いってのは本人が決める問題だもんね」
『うむ』
ドクは満足そうに頷く。
だがその時――!
『やっと見つけたぞッ!!!』
あたし達の目の前に、森で出会った妖精のおねーさんが現れた!
だけどドクはおねーさんを見ながら苦笑すると、格子越しにまるで親しい相手かのように手を振った。
『よう、プリンセスユークリッドアリアリアラ嬢ちゃん』
『いちいちフルネームで呼ぶな! リアと呼べっ!!』
なんか言い回しにすごく既視感あるなあ。
『かつての恩師とて、今の貴様は規律を乱す重罪人! 無駄な抵抗は止めろ!』
どうやらドクとおねーさんは、師妹関係だったようだ。
だが、ドクは当然ながら彼女の言うことに従うことはなく、四番目の地図を大きく開いて魔法の言葉を呟いた。
『フライア』
【転送対象を確認】
承認しました。
『くっ、またその怪しげな呪文かっ……!!』
慌てるおねーさんを尻目に、ドクはワハハと笑った。
『ワタシの追い求めてきた答えが、まさかたったの四文字! まったく、これだからこの世界は侮れない!』
あたし達がこの世界へ来た時のモノと同じ文字が宙を踊り、ドクは満足そうにそれを眺めながら両手を振り上げた!
『ワタシの知識と、キミの知識、その二つが合わさった今、全ては完成する! いざ異界の門よ、我が前に姿を現せ!!』
ドクの宣言とともに、あたし達を虹色の光が包み込んでゆく……。
その最中、フルルはドクの前に立つと再び口を開いた。
『改めて言うけど……悪用は駄目』
『ああ、君に改めて誓おう、そして世界の神々へ……この奇跡の出逢いに感謝を!!』
そのまま意識が遠のき、景色は光に消えていった――
・
・
・
【聖王都128年 黄の月20日 昼過ぎ】
<フロスト王国 正門前>
「ルルミフ、綺麗だよ」
「駄目よカルロス……誰かに見られちゃう……」
今日も王女と門番は、逢瀬(おうせ)の時間に身を委ねていた。
「それなら仕方ない。今日はお預けかな」
「えっ!?」
「どうしたんだいルルミフ?」
「……もう、いじわるっ!」
そして二人の影が重なり――
「あたしは帰ってきたッッ!!」
いきなり目の前にサツキが現れた!
「「!?!?!?!?!?」」
二人が抱き合ったまま驚いてその場を飛び退くと、再び光の塊が現れ……
『ウワアアア寒ううううーーっ!!! なんなのここっ!?!?』
サツキの付き人であるユピテルという少年がガタガタと震えながら出現!
ルルミフとカルロスが唖然としていると、さらに小さな光が二つ現れフワフワと近づいてきた。
『おっ、これはこれは王女様。いやはや、お熱いっすね!』
『男女の密会……胸きゅんだね。れっつ……チューたいむ』
「いっ……いやあああああーーーっ!!!」
◇◇
【同日 夜】
「で、あたし達はルルミフ王女に奇跡のドッキリをかましたかと思いきや、いつの間にやら二十日になっててこっちまでビックリだよっ! 一泊しただけなのに、妖精の世界って時間の流れが違うのかな~? しかも、結局ハジメ村への帰省は諦めて、とんぼ返りになっちゃった。もうクッタクタ~~」
「……いや、情報量が多すぎて意味わからん」
サツキから帰還が二日も遅刻した理由を聞き終えた俺は、ただただ唖然とするばかり。
弓技大会で優勝ってくだりはまだ良かったけど、森の泉から妖精世界に転移とか、あまりにもぶっ飛びすぎてて全然内容が頭に入ってこなかったぞ。
「ていうかユピテルも、ホントにコイツが婚約者でいいのか!! サツキだぞっ!?」
「むー、それどういう意味さー!!」
こっちが中央教会のゴタゴタで騒いでいる間に、妹が逆プロポーズしていたとか、ホント意味わかんない。
だが、ユピテルは何とも虚(うつ)ろな表情で遠くを見つめながら呟いた。
『それがオイラにもさっぱり分かんないんだ……。そもそも婚約ってわけでもないし、なんでサツキちゃんが上から目線で選りすぐりしてんのか意味分からないし。だけど暫定一位とか言われると、それが二位になっちゃうのは、なんだか嫌な気がしちゃって……ううぅ』
「そ、そうか……」
なんだかユピテルがとんでもねえ悪女に騙されてる感がひどい。
だが、そんな不憫な姿を見ながらエレナはポンと手を打ってフムフムと頷く。
『なるほどそんな手が。勉強になりますね』
「頼むからやめてっ!!」
エレナまでサツキみたいな手口を使い始めたら俺、心労で倒れちゃうよ!
……って、おや?
「そういやフルル、機嫌が良さそうだけどどうしたんだ?」
フルルはいつも通りの無表情ではあるけれど、なんとなく雰囲気が明るい気がする。
『今回の旅は……悪くなかった』
「そっか」
理由は分からないけれど、フルル的には良い休日を満喫できたようだ。
だが、一方のハルルの表情は浮かない感じである。
『……ハッ! まさかフルルはあの怪しいオッサンに惚れたんすか!? だ、駄目っすよ! あんなのが義兄なんて、おねーちゃん認ゲフゥ!!?』
フルルは無言で脳天にチョップを叩き込むと、フワフワとサツキのフードに潜り込んで頭だけをスポっと出し、姉を無表情でじろりと睨んだ。
『なんでもかんでも……色恋沙汰に結びつけるのは……よくない』
『ゴメンナサイ……』
そんなこんなで、妹に怒られて意気消沈しているハルルをなぐさめながら、旅立ち前の最終日の夜は更けていったのであった。