用が済んだ私はコーちゃんと戯れながら我が家を目指す。領都の街並み、人並みに変化はないようだ。たぶん今、この時ばかりはここがローランド王国一の大都市なんだろうな。

いや、でも人口では依然として負けてるか。例え王都の人口が半分になったとしてもダブルスコア以上で負けてるよな。

「おい! お前!」

たった二週間で早々変わるはずもないのに、なぜか感慨深い。故郷ですらないのに。

「待て! お前だ! 者ども!」

おっと、突然馬車から降りてきた貴族とその郎党に囲まれたぞ? こんな昼前から誰だ?

「お前! それはフォーチュンスネイクだな!? 大人しく渡せ。そしたら先ほどの無礼は許してやる」

「誰だテメー?」

「うぬっ! サヌミチアニ代官たるベタンクール子爵閣下のご三男であらせられるタンブラーダ様に向かって何たる口を!」

「平民か下級貴族か分からん出で立ちをしおって! もはや容赦できん!」

「そこになおれ! 苦しまずに首をはねてやるぞ!」

「まあ待てお前たち。僕は寛大なんだ。あいつが大人しくフォーチュンスネイクを差し出せば許してやるさ」

「おおっ! さすがはタンブラーダ様!」

「下々の者へ何たるお気遣い!」

「これ! そこの者よ! 早うせい! 今ならタンブラーダ様はお許しくださるそうだぞ!」

あの顔は絶対嘘だな。『約束とは対等の者同士で行うものだ。貴様のような下賤な者との約束など守るはずがなかろう』って言うタイプだ。

「テメーら、ホラーガ峠のベタンクール家か。欲しけりゃ取ってみろや。」

ちなみに『ホラーガ峠』とは戦乱の時代、謀反に倒れた時の王の後継者と、謀反を起こした男との一戦においてホラーガ峠に立てこもり日和見に徹した男から生まれた故事である。

どっち付かずの奴を表すのによく使われる。

四年前、ヤコビニ派の動乱でローランド王国からの独立を宣言したサヌミチアニの街。一ヶ月もしないうちに辺境伯軍に奪い返されたら……たちまち恭順を示して生きのびることができた。

つまり厳密に言えば奴らを『ホラーガ峠』と揶揄するのは的外れだったりする。状況だって違うし、奴らなりの生存戦略なのだから。むしろ『股ぐら軟膏』って言うべきだったか。しかし私の悪意は伝わったようだ。

「うぬっ! 舐めた口を叩きおって! やれ! 辺境伯殿には僕から口を利く!」

お前ごときがあの辺境伯に口を利くだと? 無理だな。『金操』

剣を抜いた郎党は四人。いつも通り自分らの剣を足の甲に刺してやる。あれって絶対痛いよな。親指の爪を剥がすより痛そうだ。

ちなみに侍女っぽいのは三男の後ろにいる。例によって一番魔力が高いのはその侍女だったりする。

『永眠(ながのねぶり)』

とりあえず今の四人はしばらく寝かせておこう。

「さて、テメーもやるか?」

「なっ、ななっ! 貴様! 貴様貴様! 僕を誰だと思ってるんだ! サヌミチアニだぞ! ベタンクール家! 代官だぞ!」

「オメーこそここをどこだと思ってんだ? 辺境フランティアだぞ? そして俺はクタナツ出身。おっと、そこの侍女さんは納得って顔してるな。坊ちゃんを止めねーのか?」

「差し出口を失礼します。タンブラーダ坊っちゃまの負けです。かくなる上は私達二人で死を覚悟して立ち向かうか、命乞いをするしかありません。クタナツ者と揉めるとはそういうことです。」

魔力と良識は比例する。これは別にあるあるではないよな。あっ、でもそれなら私はかなりの良識派ってことだな。よし、あるあると認定しよう。

「一目でこの子がフォーチュンスネイクだと分かったのは褒めてやるがよ。貴族の横車なんざクタナツ者には通じないって覚えときな。」

三男の奴、血管が切れそうなほど頭に血が登ってやがる。侍女の話を聞いてないのかよ。

そこに……

「すまんな、それぐらいで勘弁してやってくれ。」

横から現れたのは……バーンズさんか。こんな所で何やってんだ?

「どうもバーンズさん。お久しぶりです。こいつと関係あるんですか?」

「明日から護衛兼ガイドをするのさ。今日はその顔合わせってわけよ。」

「おおっ! そなた! クタナツの腕利きだと聞いているぞ! やれ! こいつを殺せ! 褒美は思いのままだぞ!」

こいつ……私と仲よさそうに話しているのが分からないのか。そりゃ依頼次第ではバーンズさんが敵に回ることぐらいあるかも知れないけどさ。護衛は明日からだろ?

「無理だな。俺はまだ依頼を受けてない。そして割に合わないにも程がある。こいつを相手にするには白金貨を積まれても断る。」

ちょっと嬉しい。

「貴様! 冒険者風情が僕に逆らうのか! 父上に言い付けてやる! 貴様も! そっちのお前も! 許さんからな!」

「その前にテメー、ここから無事に帰れると思ってんのか? 『死人に口なし』って言葉を知らねーのか?」

一言謝れば許してやるのに。ダミアンと同じ三男なのに盆暗レベルが違うな。あっ、私も三男か。嫌だなぁ。

「坊ちゃま、ご決断を。あの五等星バーンズまで敵に回っては私達に勝ち目はありませんが。」

「クソっクソクソっ! 僕はただあのフォーチュンスネイクが欲しいだけだぞ! そのぐらい何だ! よこせよ!」

私より歳下かな? 無茶言ってるよな。面倒になってきた。どうしてくれよう。

「坊ちゃんよぉ、いい加減にしとけ。こいつの服装を見ても誰か分からねーのか?」

「ふざけるな! そのような流行のウエストコートなど! 誰でも着ておるわ!」

「魔王カースだぞ? マジで知らねーのか?」

場に沈黙が訪れる。

「ま、まおう? ……バカな……その程度の魔力で……」

「坊っちゃま。やはり相手が悪うございました。かくなる上は私の首を差し出して坊っちゃまの助命嘆願をするより他ありません。どうかお元気で。」

私のこと知ってるのかよ。魔力をあまり感じないものだから舐めてやがったな?

「侍女さんの首なんかいらないぞ? このガキが一言謝れば終わりなんだからな。」

「なぜ僕が謝らなければならん! お前がフォーチュンスネイクを献上すればいいんだ!」

ダメだこいつ……さすがに手に負えないな。

「もういい。後五秒だけ待ってやる。もう知らん。」

だいたい護衛が剣を抜いたんだから殺されてもおかしくない。こいつはなぜそれが分からないんだ?

「五」

「四」

「三」

「二」

「いち「うわぁあー!」

トチ狂って剣を抜いてきやがった。『金操』

「ギャァあーー! 痛いよおーっ!」

当然いつも通り足の甲に刺しておく。

「侍女さんどうする? まだやる?」

「いえ、私が頭を下げたところで意味はないかも知れませんがお詫び申し上げます。せめて坊っちゃまだけは助けていただけませんでしょうか。何なりと従う所存ですので……」

「俺は金貸しなんでね。金で解決するとしよう。では約束だ、アンタの持ってる金を全部出しな。それで許すわ。」

「はいっあぉん、こ、これが魔王の契約魔法……これで全部です……」

どれどれ。

「えらく多いな。大金貨五枚か。まあいいだろ。では、これにて手打ちってことで。もし文句があるならうちの屋敷に来るといい。場所は辺境伯閣下に聞いたら教えてくれるさ。明日までは居るから。」

「はい……ありがとうございます……」

やーれやれ。とんだ道草だったな。

「おうカース、たぶんその金明日からの俺の依頼料が含まれてるぜ。二週間コースで大金貨二枚の依頼だったからよ。」

「あら、それは失礼しました。お詫びにうちで昼食でもどうですか?」

これは悪いことをしたな。今からギルド辺りで顔合わせって話だったか。もう依頼どころじゃあないもんな。

「ふっ、仕方ねーな。それで勘弁してやるよ。しっかしいつものことだが、バカな貴族ってのはどこにもいるもんだよな。」

「全くですね。いきなりフォーチュンスネイク寄越せって何考えてるんですかね。」

私がかわいいコーちゃんを渡すわけがない。ねー、コーちゃん。「ピュイピュイ」

そんな風にバーンズさんと世間話をしながら自宅に到着。アレク達は帰ってるかな?

「だからカースの奴ってよー、ガハハハ……」

「ですからカース坊ちゃんったら、オホホホ……」

「だってカース君ですもんね、ウフフフ……」

「それがカースだもの、アハハハ……」

この流れは最早お約束。今日はダミアンとマーリンだけじゃなく、サンドラちゃんとアレクまで加わっているじゃないか。

「ただいま。珍しいお客さんを連れて来たよ。暇な奴もいるみたいだね。」

「おーカース、聞いたぜ! デフロック兄貴が世話になったらしいな。ありがとよ!」

お兄さんよりソルダーヌちゃんを心配してやれよな。

「こちらクタナツの五等星バーンズさん。さっきそこでバッタリ会ってさ。わざわざ来てもらったの。」

「突然すまんな。バーンズ・ハイランダルだ。さっき面白いことがあってな。その流れで招待されちまったよ。」

「ほほう、『爆炎バーンズ』かよ。俺はダミアン、この家の居候だ。」

この野郎、いつから居候になったんだよ。

「ダミアン? まさか辺境伯家の?」

「おう。放蕩三男様だぜ。」

「それは失礼をした。お邪魔させてもらう。」

いやいや、ここは私の家だって。

「ここはカースんちだ。遠慮はいらねーさ。」

お前が言うな。

「さあさあ皆さん! お昼ですよ! たくさん食べてくださいね!」

さすがマーリン、いつもタイミングが素晴らしい。みんなで楽しくお昼。とてもいいものだ。

アレクもサンドラちゃんもバーンズさんにあれこれと質問していた。そして昼食が終わる頃、ダミアンとバーンズさんは酒を飲み始めた……いつものパターンかよ。昼間っから自分達だけ飲みやがって! あ、コーちゃんも一緒に飲んでる。

「セルジュ君達はいなかった?」

「二人ともいなかったわ。いきなり行って驚く顔が見たかったのに。」

「手紙を置いてきたから今夜か明日の朝には来てくれるんじゃないかしら。サンドラちゃんのことは書かなかったから、来たら驚くわね。」

それはいいことをしたものだ。ところでシビルちゃんはどうしてるのかな? まだセルジュ君ちに居るんだろうか。