来栖美亜は、生まれたときから美人であったという。
両親ともに日本人だが、その目鼻立ちは外国の血を彷彿とさせた。
幼稚園に入ったときに芸能界からスカウトがやってきたという。
一度CMに出たこともあるとのことだ。
「物心つくまえで、まったく覚えてないけどね」
小学校にあがると男子からは告白の嵐。
女子からは嫉妬の嵐だったという。
元々の性格もあり、委員会などにも参加。
他校の生徒からも有名になり教師からアプローチされたことまであったという。
「あの当時は別になんでもなかったんだよね……イジメっぽいこともあったけど、せいぜいが上履きを隠されるくらいで」
僕からしたらそれもけっこうなイジメな気はする。
だが、来栖にしてはそれは序の口だったのだ。
問題が発生したのは中学に入ってからだった。
来栖は美貌に拍車をかけ、性格に不備もなかった。
攻めるべきところがないため嫉妬の震えた女子たちは戸惑ったという。
全生徒まではいかないが、ほとんどの男子が来栖にメロメロだった。
「自分で言うのもあれだけど……かなりモテた」
で、あるときだった。
付き合っていた男子にふられた女子が来栖を呼び出した。
その女子は来栖の親友だった。
「ねえ、わたしの彼、とらないでくれる?」
もちろん来栖にとった覚えはなかった。
「美亜のことが好きになったから別れようって言われたんだけど」
「それは、わたしのせいじゃない」
「あんたが人の彼氏に色目を使ったからだろうが!」
このときはまだ、来栖は仮面をかぶっていなかった。
好きな相手と嫌いな相手もはっきりしていたという。
親友の彼氏とは、たしかによくはなしていた。
それがいけなかった。
まったくはなさない相手がいるのに親友の彼氏とははなしていた。
つまり彼氏に気があるのではないか。そう親友に誤解を与えてしまったのだ。
「使わないよ! 親友の彼氏に!」
「嘘をつくな! あんたが裸を見せたんだろうが!」
それで来栖はキレてしまった。
「あんたに魅力がないだけだろうが!」
「あああああああ!」
叫ぶ親友。
そして、来栖へと殴りかかった。
来栖も応戦するために拳を構えた。
しかしそこで親友が足を滑らせ、転んだ。
不運なことに頭から血を流してしまった。
「一か月の自宅謹慎……」
どう考えても来栖に非はなかった。
しかし泣き叫ぶ来栖の親友は頭から血を流している。
軽症ではあるが、見た目が派手だった。
しかもその親友は来栖にやられたと訴えたのだ。
「馬鹿らしくなってさ……反論もしなかったよ……たしかにわたしは見た目がいいから、疎まれることもあるよ。だけどやってもいないことで謹慎って……しかも親友に嘘をつかれて」
それからだという。
来栖は誰に対しても平等になった。
好きにも嫌いにもならない。分け隔てなく接する。
男子とは付き合わず、同性の親友もつくらない。
嫌っていそうなやつがいれば、はなしかけて仲良くなる。
「だけど、それも疲れちゃってさ……はなしたくない相手もいるし……一度、地元の高校に入学したんだけど、中学からの知り合いが多くて……イジメもあって……それで不登校」
「へえ、来栖が不登校ね」
意外だった。
「うん。だから、転校ってことになって。ならばってことでお父さんは独立したわけ」
中途半端な時期の転校理由がわかった。
「疲れたくせに、端詰高校でも同じことやってるんだ」
僕が揶揄するように言うと、来栖が苦笑いした。
「痛いところつくね……そうなんだよ。だからバスでズバリ奥谷くんに言われたときに、ふっと力が抜けちゃって」
「家に誘ったわけか」
「うん……この人にならいいかなって」
しおらしく来栖がつぶやいた。
「ま、いいんじゃないか? 僕を皮切りにだんだんと本当の友達を増やせば」
「できるかな?」
「できるだろう。ちなみに僕は友達をつくるのが究極に下手だ。だから来栖と友達になれてかなりうれしい」
「……ありがとう」
笑顔を浮かべる来栖。
教室や部活で見せる笑顔とは違う本当に子供らしい笑顔だった。
「さて、僕は帰るかな」
はなしはおわりだろう。
これ以上、お邪魔している理由も見当たらない。
しかし立ちあがろうとすると腕を握られた。
「待って!」
「ん?」
来栖の細い指が僕の腕を握っている。
しっとりとした来栖の指一本一本に僕の皮膚がよろこんでいた。
「このことは誰にも言わないでね?」
「ああ……言わないよ」
そんな発想すらなかった。
「本当?」
「なんだよ、友達を疑うのか?」
冗談のつもりだったが、来栖が申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめん……でも……まだ、信じられるまでには……」
親友に裏切られた過去があるのだ。
それも仕方がない。信じたい気持ちもあるのだろう。
だが、まだそれができないのだ。
「わかった……なら、どうすればいい?」
僕は質問した。
すこし考えたあと来栖が言った。
「奥谷くんの秘密も教えてくれない?」
なるほど。
お互いの秘密を知ることで、片方から漏れるのを防ぐわけか。
「秘密な……」
自分に秘密なんてあるだろうか。
人に言えないような秘密でなければここでは意味をなさない。
「ないの? それともあるのに、わたしには言えない?」
不安そうに来栖が僕を見る。
腕を握る手に力がこめられた。
「まあ……なくはないが……」
「なに?」
「いや……でも、これを来栖に言うのは、駄目な気がする」
「いいよ! どんな秘密でもいいから!」
「じゃ、じゃあ……僕さ……」
そこで僕は息を吸った。
ひゅう。と、喉が鳴った。
「チンコが引くほどデカいんだ……」