231 Episode 228: Let's go to the city! (Part IX)

Name:Life with my Little Sister Author:Mu
「ふへへへへへ……! ふぃーとにーた、ふたりっきりで、お出かけ!」

結局、押し切られてしまった……。

今、俺はフィーを抱え、ひとりで歩く軍服ちゃんを追尾中。

言葉通りに余人がいないからか、妹様の機嫌は天井知らずだ。

「にーたは、ふぃーが独占! にーたとふぃー、これが正しい……!」

この娘はもう、完全に俺とふたりきりなことだけで頭がいっぱいのようだ。

たぶん、セロのこととか理解していないか、頭から吹き飛んでいるのだろうな。

まあ、まだ三歳児だし、どうこう云うつもりもないが。

一方、軍服ちゃんの歩き方は堂に入ったものだ。

ちゃんと警戒する素振りを見せながら歩いている。

対象に発見されやすく、でも一見すると、慎重に追っ手を撒こうとしながら、バウマン邸へと向かっているように思えるルートを通っているのだ。

道筋の策定は、我が祖父、シャークが考え出した。

この辺の目利きは、流石は土地勘のあるギルド職員と云った所か。

軍服ちゃんは、ごく自然な動きで、人気のない通りへと入っていく。

――その瞬間だった。

「――――ッ!?」

軍服ちゃんが、声にならない声をあげた。

物陰から出て来た男たちが、サッと口を塞ぎ、縛り上げ、麻袋に、彼女をつめる。

流れるような動きで、こういうことに慣れているのだと分かった。

(凄いな。屋台通りで保護できていなかったら、こうやって連れ去られていた訳か……)

文字通り、一瞬の出来事だ。

「フィー、追うぞ!」

「みゅ? ふぃー、にーた好き!」

うん。

ほっぺにキスする場面じゃないからね?

※※※

追跡した先は、寂れた通りの、地味な建物だった。

流石にデネン子爵邸に直行するようなマネはしないらしい。

(と云っても、全くの無関係な建物じゃないよな……?)

場合によっては、彼女の『処理』もするのだろうし。

男たちが軍服ちゃんを運び込むと、扉はすぐに閉じられた。

「フィー、変身するぞ」

「――ッ! する! ふぃー、メジェド様になる!」

ふたりで、白いスーツを被る。

自分で作っておいてなんだが、エイベルと王宮に忍び込んだ時以上の怪しさだな……。

「窓から入ろう。フィー、人がいない箇所は分かるな?」

「みゅみゅっ! ふぃー、わかる! 前の入り口と、後ろの入り口に、ふたりずつ! あとは、皆、同じ部屋にいる!」

流石は魂命術の使い手だ。

潜入で一番難しい人数の把握と配置を、こんなにも簡単に。

「フィー、凄いぞ?」

「ふへへ! にーたに撫でられた! ふぃー、嬉しい! ふぃー、もっとにーたの役に立つ! もっと撫でて貰う!」

窓の傍に回り込む。

消音魔術を使うので、音を気にしなくて良いのが楽だ。

やって来た場所は、ガラス窓ではなく、木戸で覆われた、四角い窓。

これも魔術で、ちょちょいと開ける。

フィーを抱えたまま内部に侵入する。

これって、マイエンジェルやマイティーチャーみたいに、魔力感知できる奴がいたら、きっとバレバレなんだろうな。

だが、魔力感知持ちは、そもそも激レアらしいし、デネン子爵の配下には、あまり優れた魔術師がいないことも把握済みだ。

この辺は治安維持を担っているが故の弱点だろう。

伯爵やバウマン子爵家と警備のすりあわせをする都合上、完全ではなくても、ある程度の手札は晒さなければならないのだから。

軍服ちゃんからも爺さんからも、その辺の情報は聞いている。

もちろん、件の従魔士は警戒せねばならないが、うちの妹様が、そもそも、その(・・)魔力感知が出来るのだ。

近くに魔術師がいたり従魔がいれば、魔力の大きさ込みで、把握出来てしまう。

戦闘の根本は情報にこそあるが、それをいとも容易く得られるマイシスターは、矢張り規格外の存在なのだろう。

スルスルっと内部を進み、軍服ちゃんが連れ去られた部屋へとやって来る。

物陰に潜み、影の魔術で我が身を見えにくくする。

後は一旦、様子を見守ろうか。

「う……ッ!? く……ッ! こ、ここは一体、どこだ……!?」

麻袋から出され、縛られたまま、口だけを自由にされた軍服ちゃんが、もがいている。

目隠しをされているせいで、周囲が把握出来ないらしい。

「よう。気分はどうだ、フレイ様」

室内にいる男たちは五人。

彼らは、薄い笑いを浮かべている。

「何者だ!? この私が、誰だか分かっていての狼藉か!?」

「おいおい。『様付け』までしたんだ。分かっているに決まっているだろう? なぁに。ちょいと質問があるだけさ。素直に答えてくれれば、ちゃあんとおうちに帰してあげますよ」

彼らは一様にナイフやらショートソードやらを装備している。胡散臭いこと、この上ない。

しかし彼らとて、軍服ちゃんから情報は仕入れておかねばならないのだろう。

まず第一に、メンノと確信をしたのか。

そして第二に、それを誰かに伝えたのか。

ただ単に『疑わしきを処分しました』では済まされない。

王族に攻撃を仕掛けた魔術師を匿っているのであれば、情報収集も完璧にしたいはずだ。

どうあっても、軍服ちゃんに話を聞かねばならないだろう。

「こっちのお話、分かりましたかねェッ!?」

おっと、脚を振りかぶったか。

まずは暴力を振るって、ビビらせて喋らせるつもりのようだ。

(風の魔壁……!)

水を粘水に変える要領で、『柔らかい風』を軍服ちゃんの腹に展開する。

ドムッと結構いい音がしたぞ? 

防がなかったら、内臓とかヤバかったんじゃ?

男の方も柔らかい感触だから、まさか魔壁で防いだとは思わないはずだ。

そして軍服ちゃん。

彼女に、俺がついてきていると伝わったはず。

ちゃんと守るから、安心してくれよ?

「く……ッ! うぅ……ッ」

痛くないだろうに、ちゃんと痛そうな演技をする軍服ちゃん。

と云うか、さらわれる前からここまで見ていて思ったけど、彼女、やけに演技上手いね。

「ほぉら、痛いだろう……? お兄さんたちも、手荒なことはしたくないんだ。これから、いくつかお話を訊くけど、ちゃんと話してくれるかい?」

「……何が、訊きたいと云うんだ……!?」

目隠しされているのに、ちゃんと声のする方を睨め付けている。

「いや、何。実は、俺たちは冒険者でね……? 最近、悪さをする子供がいるから、調査してくれと依頼があったのさ」

どうせ嘘だろう。

そんな話があるなら、街へ出る際に、シャーク爺さんに注意されるはずだ。

冒険者と云うのも訝しい。

バカ正直に、デネン子爵家の手下でございと云う訳にも行かないから、身分を偽っているのだろう。

「調査……だと……?」

「そうだ。調査だ」

「ならば、冒険者ランクと登録ナンバーを云ってみろ! もし本当に冒険者だと云うのならば、貴族の子である私に、この様な扱いはしないはずだ!」

軍服ちゃんは貴族らしい堂々とした態度で、矛盾点をついた。

この人ら、別段、云い訳とか設定とか考えてなかったんだろうね。文字通り、子供だましな発言だった。

いや、だませていないけれども。

「くくく。よく口が回るねェッ……!」

二発目の蹴り。

これも魔壁で防ぐ。

「う……ッ! ぐ……ッ!」

「俺はさぁ、質問に答えてくれと云ったんだ。下らない揚げ足取りやインネン付けは、やめてくれるかなぁあぁ!?」

「――――ッ」

軍服ちゃんは、悔しそうに唇を噛む。

てか、本当に演技上手いな? 

いや、上手すぎだろう。

蹴りを入れた男とは別の男が、若干、優しい声色で、彼女に話しかける。

「さっきも云ったように、俺たちは別に手荒なことはしたくないんだ。これはギルドの執行部からも頼まれている重要な案件でね。ちゃんと協力して欲しいんだ」

何が執行部だ。

シャーク爺さんが、こんな蛮行を許すわけないじゃないか。

嘘八百を並べているのは、軍服ちゃんも分かっているだろう。

けれど、指摘をせずに口をつぐんでいる。

「大人しくしてくれるようだな? では、質問をするぞ? ――俺たちが巡回中、キミは、ある屋敷の近くで、何かに気付いたかのように、急に走り出した。この理由を訊きたいんだ。まさか盗みを働いたとか、悪いことをしたんじゃないよなぁ?」

成程。

そう云う態で、聞き出すつもりなのか。

まさか「メンノを見たか?」とは、云えないだろうからな。

藪蛇になる。

「別に……何も悪いことはしていない……!」

「じゃあ、何であんなに焦っていた? 子供が突然走り出すなんて、よくあることだが、ギョッとして走り出すのは、何かあったと考えざるを得ない。正直に、話してくれるかい?」

「…………人を、見かけただけだ」

「ほう……! 人! 人をねぇ……っ!」

男たちの瞳が、ギラついたものに変わった。

明確にナイフに手を伸ばした者もいる。

軍服ちゃんの目的は話を逸らすことではなく、件の従魔士を追うことだから、大胆に斬り込んだのだろう。

「じゃあ、その『人』と云うのは、何者だったのかな? 教えてくれるかい?」

男たちの言葉に、軍服ちゃんは口ごもった。

彼らは、ある種の確信を得たようだった。