依頼を終えて……
あたしたちは街に戻り、ギルドに報告をした。
その後、宿で食事をして、部屋に戻る。
あたしたちは同じ部屋で寝起きをしてる。
レインが言うには、ここ以外に部屋が空いてないらしい。
最初は、カナデはともかく、男のレインと一緒なんて……
と思ったけど、今はそうでもない。
一緒に過ごすうちに、レインに慣れたっていうのもあるけど……
それだけじゃなくて、レインを信じるようになっていた。
「……」
ごろりと寝返りを打つ。
レインは床で寝ていた。
元々、ここは二人部屋らしい。
そこにあたしが転がり込んだから、ベッドの数が足りなくなった。
するとレインは、あたしにベッドを譲り、自分は床で寝た。
あたしが追い出したようなものだ。
それなのに、レインはまるで気にした様子がない。
もっと、文句を言ってもいいのに……
「……ホント、お人好しなんだから」
昼間のことを思い返した。
痛恨のミス。
油断していた故の失敗。
そのせいで、レインが怪我をしてしまった。
あたしは最強種だ。
その中でも特に強い力を持っていると言われている、竜族だ。
レッドドラゴンのタニア。
それがあたしだ。
人間よりも遥かに強く、遥かに賢く、圧倒的な力を持つ存在。
それ故に、プライドが高い種族だった。
他者を見下すとまでは言わないが、自身が最強の種族であると信じて疑っていない。
あたしも、今までは竜族こそが世界最強と疑っていなかった。
人間もある程度、力を持っているものの、敵じゃないと思っていた。
そんな人間に……
レインに、あたしは守られた。
正直なところを告白すると、悔しかった。
自分より劣る人間に守られた。
あたしが守ることはあるとしても、その逆はありえないと思っていた。
だけど、実際にあたしはレインに守られた。
立場が逆転した。
最強種の面子が丸つぶれだ。
でも……
その時のあたしは、悔しくもあったけど……それ以上に、怖かった。
竜族のプライドなんてどうでもよくて……
血を流すレインを見て、恐怖した。
あたしのせいだ。
あたしのせいだ。
あたしのせいだ。
もしも、このままレインが死んだら……?
そう思うと、今まで感じたことのない寒気が全身を襲った。
悔しいとか考えている場合じゃなかった。
幸い、レインの怪我は魔法で治った。
後遺症が残るということもない。
でも……あたしがミスをしたという事実は消えない。
あたしがレインを傷つけた。
あたしのつまらないプライドが、レインを傷つけた。
楔となって、あたしの心に食い込む。
そんな呪縛を解いてくれたのは……レインだった。
ミスをしたあたしを責めるわけじゃなくて……
心配すると、なぜか、逆にお礼を言われて……
あたしが傷つかなくてよかった、と笑う。
すごく温かい笑顔だった。
レインの笑顔を見ていると、不安や恐怖や、その他暗い感情が全部吹き飛んで……
心が安らぎで満たされた。
「……ホント、レインって不思議な人」
最初は、猫霊族と一緒に行動してる変な男がいるという、ただの好奇心しか持ってなかった。
レインと一緒に行くことに決めたのも、その方が面白そうだから、というどうでもいい理由だ。
一緒に行動して、レインの人柄に惹かれていった。
レインの優しさに、安らぎを覚えるようになった。
まだ出会って間もないんだけど……
それでも、信頼を寄せてもいいと思うくらいに、レインのことを好ましく思っていた。
そこに、ダメ押しとなるような昼間の事件だ。
あたしのことを助けてくれた。
あたしのことを心配してくれた。
あたしに温かい顔で笑いかけてくれた。
それは、他の人から見たら、取るに足らないことなのかもしれない。
でも、あたしからしたら、世界がひっくり返るほどの衝撃的な出来事だった。
ただの人間があたしを助けてくれるなんて……
しかも、自らを犠牲にしてまで守ってくれるなんて……
今までの価値観が一気に崩れて、人間に対する見方が変わった。
ううん。
正確に言うと、人間じゃなくて『レイン』に対する思いが変わった。
最初は、ただのおもしろそうな人間。
途中で、好ましい人間にランクアップ。
そして今は……
あたしを助けてくれた、『とても大事な存在』……だ。
「……レイン……」
あたしの主の名前を、そっと口にする。
それだけで、胸がどくんと跳ねた。
なんでだろ……
妙な感じがする。
胸がぽかぽかするような、不思議な感じだ。
「こんなの、初めてなんだけど……」
まだ言葉にできない想い。
それは、あたしの中に芽生えて……
少しずつ成長していた。
「って……あたし、何を考えてるのかしら? これじゃあ、まるで、あたしがレインのことを……」
レインの笑顔が脳裏から離れない。
忘れることができない。
心の奥深いところに焼き付いている。
自然と頬が赤くなる。
「ないないっ、ありえないから!」
ぶんぶんと首を横に振る。
レインは良い人だ。
その性格をとても気に入っている。
あたしの主としてふさわしいと思うし、『大事な存在』として信頼も寄せるようになった。
でも、それだけだ。
それ以上のことなんて、まだ何も……
「そ、そうよ……なんとも思ってないんだから。なんとも……それ以上のことなんて……」
そんなことを口にしながらも、あたしは、なんとなく、その先を想像してみた。
「……」
顔がさらに赤くなった。
「あ、ありえないんだから……あたしが、こんな簡単に……ちょろくないし、あたしは! こんなの違うから! そりゃ、ちょっとは気になってるけど……でも、それだけ。ありえないしっ」
そうやって自己否定すればするほど、あたふたしてしまう。
心が乱れていく。
落ち着かない。
体が熱い。
心が熱い。
「あーもぅ」
布団を頭まで被った。
こういう時は寝てしまうに限る!
あれこれと考えていたことを、頭の中から追い出した。
そうやって頭を空っぽにしたところで、あたしは、ぎゅっと目を閉じた。
でも……
これくらいはいいかと思い、小さくつぶやく。
「……おやすみ、レイン」