「悪魔、って……どういうことだ!? おい、セルっ。数日はかかるはずなんだろ!?」
「そのはずだけど……予想以上に敵の動きが早い? それでも、ある程度は、余裕を含めて結論を出したはずなのに……」
慌てるアクスは、セルを問い詰めた。
しかし、セルも困惑しているらしく、明確な回答は持ち合わせていないようだ。
怪訝そうに眉をひそめている。
「とりあえず、ここでぼーっとしてる場合じゃない!」
「声は村の入口の方から聞こえたよっ」
カナデが先頭を行き、後に続く。
そのまま村の入口まで駆けて……
「あらあら、千客万来ですわね」
「……イリス」
以前、リバーエンドで出会った銀髪の少女がそこにいた。
事情を知らない人は、不思議そうにしている。
ただ、全てを知っている人……パゴスの村の生き残りの人は、彼女を見て悲鳴をあげていた。
恐怖に囚われて、へたりこんでしまう人もいた。
それらの村人を見て、イリスは……笑っていた。
虫を見るような目を向けて、楽しそうに笑っている。
リバーエンドで会った時は、不思議な少女としか思えなかったけれど……
今は違う。
はっきりとした悪意と狂気を感じることができる。
本質は、これほどまでだったなんて……
なんていう少女なんだ。
ふと、イリスの視線が俺を捉えた。
「あら? あらあら? あなたは……」
「久しぶり、だな」
「ええ、久しぶりですわね。ごきげんよう」
イリスはスカートをつまみ、礼儀正しく頭を下げた。
場が場でなければ、貴族の令嬢と間違えていたかもしれない。
「ふふっ、このようなところで再会するなんて、運命でしょうか?」
「そうかもしれないな」
「あら、素直に認めるので?」
「タイミングがよすぎるからな……そういう考えも、したくなるさ」
「ふふっ。やはり、不思議な方ですわね。嫌いではありませんわ」
イリスは優しく笑う。
それでも……
警戒を解くことができない。
むしろ、嫌な予感ばかりが膨らんでいく。
みんなも同じような感じらしく、いつでも動けるように構えていた。
「なんだ、この騒ぎは?」
ジスの村の警備についている冒険者が、騒ぎを聞きつけて村の入口にやってきた。
冒険者は、騒ぎの元凶がイリスと判断したらしい。
ただ、その脅威は判定できなかったらしく、無防備に歩み寄る。
「おいっ、待て!? うかつに……」
「君はどこから来たんだ? このようなところに、君のような女の子がなぜ?」
冒険者がイリスの肩に触れた。
瞬間、イリスの顔が険しくなる。
まるで、汚物に触れられたというような態度だ。
「触らないでくれますか?」
「なんだって?」
「人間ごときが、私に触らないでくれません?」
「なにを……ぎゃっ!?」
イリスが、蚊を払いのけるように、無造作に冒険者の手を振り払う。
たったそれだけの行為で、冒険者は数メートルも吹き飛んだ。
背中から村を囲う柵に激突して、そのまま気絶する。
「あら、まだ生きていますのね。虫と同じで、しぶといですわね……」
イリスは手を振り上げて……まずい!
俺は慌ててナルカミを起動して、ワイヤーを射出した。
イリスの腕にワイヤーを絡ませる。
「……どうして、邪魔をするんですの?」
「するに決まっているだろう……イリス。お前……その冒険者を殺そうとしたな?」
「ええ、ええ。もちろんですわ」
イリスはにっこりと笑う。
邪気がまるでない。
つまり……そうすることが正しいと、心から信じているのだ。
自分の行いが悪いことだなんて、欠片も思っていないのだ。
この少女は危険だ。
今になって、ようやくそのことを実感する。
「汚いものに触ったら消毒をするでしょう? でも、わたくしはそれだけでは我慢できません。汚物の根本を消滅させないと、気が済まないのです」
イリスが軽く手をひねる。
たったそれだけで、腕に絡みついていたワイヤーが切断された。
ただ、イリスの注意をこちらに向けることには成功したらしい。
もう冒険者のことは気に止めていないようだ。
「レイン様は、このようなところで何を?」
「……最近、世間を騒がせている『悪魔』に関する調査をしているんだ」
「まあ、そのようなことを。それで……成果はありましたか?」
「それなりにな。封印する方法も見つけられた」
「にゃん? レイン、そんなことはむぐぅ!?」
「しー、黙ってなさい」
後ろで余計なことを言おうとしたカナデが、タニアに口を塞がれるのが見えた。
カナデには申し訳ないけど……
正直、ありがたい。
封印方法を見つけたなんてウソだ。そんなものは知らない。
でも、イリスが悪魔で……そして、俺の話を信じたとしたら、意味が出てくる。
「そうですか。封印方法を……それはどのようなものなのか、教えていただけませんか?」
「俺よりも、イリスの方が詳しいんじゃないか?」
「と、いうと?」
「……イリスが、悪魔なんだろう?」
「ええ、そうですわ」
あっさりと、イリスは悪魔であることを認めた。
拍子抜けしてしまうほどだ。
ごまかされるか、とぼけられると思っていたんだけど……
こうして、堂々と姿を見せているところから察するに、もう隠す必要なんてない、と考えているのかもしれない。
「確か、探しものをしている、っていう話だったよな? どうして、ここに?」
「その探しものを見つけたからですわ」
「……探しものの内容について、聞いてもいいか?」
「パゴス、と呼ばれていた村の生き残り……それが、わたくしの探しものですわ」
「村人を見つけて、どうするつもりなんだ?」
「もちろん、決まっていますわ」
にっこりと笑いながら、イリスは無慈悲に告げる。
「殺します」
「っ」
「前回、村を訪れた時は、ちょっとした理由があって途中で引き上げてしまったのですが……よくよく考えたら、やはり、殺しておかなかったのは間違いだと思いまして。その間違いを正しに来た、というわけですわ」
「こいつ、ふざけたことを……」
隣のアクスが声に怒りをにじませていた。
その気持ちは、わからないでもない。
イリスは、人の生死に対して、なにも思うところがない。
殺すことを悪いことと思っている様子はないし、むしろ、殺すことこそが正しいと思い込んでいる雰囲気がある。
そんなイリスに対して、怒りを覚えるアクスは正しい。
むしろ……それでもまだ、イリスに対して、親近感のようなものを覚えている俺の方がおかしいんだろう。
「確認するぞ? ……イリスが、パゴスを壊滅させたんだな?」
「諸事情がありまして、残念ながら、皆殺しというわけにはいきませんでしたが……ええ、ええ。そうですわ」
「それから、リバーエンドでも人を殺した」
「あの街は、ゴミが多いですわね。ええ、ええ。何度か、ゴミ処理をいたしましたわ」
「……イリスが、巷で悪魔と呼ばれている存在で間違いないな?」
「ええ、ええ。認めますわ」
くすり、とイリスが笑う。
「そのようなこと、改めて確認して、どうされるつもりなのですか? わたくしは人間の敵……それはもう、理解しているでしょう?」
「そうなんだけど、な……」
心のどこかで、イリスと敵対することを望まない俺がいる。
これは、どうしてなんだろうか……?
「ですが、リバーエンドでレイン様に語った言葉……あれは、全て真実ですわ。わたくし、あなたのことは気に入っていますわ。特別に、見逃してさしあげますが……どうしますか?」
「うれしい申し出だけど……ここで逃げるわけにはいかない」
「やはり、そうなりますか」
一瞬だけ、イリスが寂しそうな顔をした……ような気がした。
本当に一瞬だったから、それが確かなことだったのか、自信がない。
「できれば、引き返してほしいんだけどな。こっちは、イリスを封印することもできるぞ?」
「そのようなウソ、わたくしが信じると思いまして? 断言してもいいですわ。レイン様は、わたくしを封印する方法を知らない。だって、そのための準備がまるで調っていませんもの」
「やっぱり、騙せないか……ここで引き下がってくれたら、楽なんだけどな」
「そのようなことは無理ですわ。わたくしは人間を殺したい。レイン様達は人間を守りたい。ならば、答えは一つでしょう?」
「……仕方ない、か」
できることなら、と思っていたけれど……
そんな甘い考えは通用しないみたいだ。
覚悟を決めないといけない。
「……これは、どういうことだい?」
「アリオス?」
ようやく覚悟を決めたところで……
さらに場を混乱させるように、アリオスが現れた。
アリオスはどこか憮然とした表情で、イリスを睨みつけた。