「!来た来た。遅いぞお前ら!騎士様が帰っちまうだろ!」
階段を降りた先で中等部の玄関口に男子達が集まっていた。ずっと私達を待っていてくれたらしい。
ごめんなさい、と謝りながら彼らに続く。校門に向けて早足で向かいながら、私はついさっきのことを思い出していた。
『ッうるさい‼︎‼︎』
私を突き飛ばそうとした彼をアーサーが止めてくれ、お姉様と一緒に去った後。
背後についていてくれたステイルにも一体どうしたのか、予知をしたのかと心配された。帰ってから話すわと伝えた私は、アーサーにお礼と二人に勝手なことをしたのを謝ってから階段を一階まで降りきった。
駆け抜けた彼らの設定は、私も色々戸惑うことが多くて失礼な態度も取ってしまった。あんな風に見ず知らずの他人から言われたら誰でも怒るに決まっている。次会う時は先ずそこから謝らないと。
そして、出来る限り早く彼らをー……
「!ジャック。ジャンヌ、フィリップ。……友達か?」
校門まで近づくとエリック副隊長が声を掛けてくれた。
アラン隊長やセドリック、もう一人の騎士もこちらを振り返る中で守衛の騎士だけが、真っ直ぐ門の外へ集中してくれている。
さっきまで前を歩いていた男子達が今は私達を囲むように下がっていた。私達に紹介され待ちか、もしくは騎士と王族相手に畏れ多いのもあるだろう。
ええ、とエリック副隊長に言葉を返しながらこちらからも笑い掛ける。すると、私達が校門に辿り着くよりも先にセドリックの背後に影が止まった。
一瞬風が吹いたと思った瞬間、今まで居なかったハリソン副隊長がピタリとアラン隊長の隣で止まる。突然現れたハリソン副隊長に男子や他の生徒達まで驚きでどよめく中、「今戻りました」と淡々とセドリックに報告していた。多分、このタイミングから考えて学内を……という名目で私達を監視してくれていたのだろう。全く気配も感じなかったけれど、一体どこから見てくれていたのだろう。
ハリソン副隊長が戻ってきたことで、私達に少し目を丸くしていたセドリックが気が付いたようにエリック副隊長達に向き直った。
「それではエリック副隊長、ノーマン殿。私はこれで」
私達との接点が気付かれないようにと、その後は敢えてこちらは向かずセドリックは身を翻した。
良かった。正直話しかけられたらどうしようかと少し心配してしまった。
親戚とはいえ任務中のアラン隊長もハリソン副隊長も校門の外へと抜けていった。それに合わせてすぐ、校門の傍に止めていた馬車の扉が御者により開かれる。自分達と入れ替わるように王子と騎士が去っていくのを男子達が惜しむように息を漏らしていた。
折角会えると思っていたのに去らせてしまって申し訳ない。でもセドリックは私達と接点を作れないから、セットでハリソン副隊長も表向きはエリック副隊長越しでも関わることができない。
アラン隊長は私達の親戚として「じゃあな」と軽く手を上げてくれたけれど、やはり王族相手に軽いノリは緊張するのか、若干引き攣った顔が赤かった。私達が現れたのを確認した時から見事に目がしどろもどろだ。
セドリックの馬車を頭を下げて見送った後、エリック副隊長とそしてノーマンと呼ばれた騎士が改めてこちらに振り返った。同時にこそっとアーサーが私の背後に控えたまま一歩下がるのが気配でわかった。顔を俯けて銀縁眼鏡の蔓を両手で押さえる仕草がちょっぴりステイルの真似みたいに見えてしまう。……きっと、彼に気付かれたくないのだろう。
「お待たせしましたエリック副隊長。僕らのクラスの友達です。隣の騎士の方もエリック副隊長のお友達ですか?」
ステイルがにこやかに笑いながら男子達を紹介してくれる。
隣の騎士については私もステイルも勿論アーサーも知ってはいるけれど、ここでは初対面だ。校門の守衛を任された騎士と同様に、私達の正体までは知らされていない。
私と同じようにステイルも何回か騎士団演習場や祝勝会で会っているのに、堂々としているのは流石だなと思う。私達の中で一番変装もしていないのに。
ステイルからの問いかけにエリック副隊長は少し硬い表情をしながら、紹介するように視線を生徒達に向けた。
いや彼は、とエリック副隊長が説明しようと口を動かせば、黙していた騎士がそれより先に眉間へ皺を寄せた。
「……この子達が、先ほどお話なさっていたアラン隊長の御親戚ですか」
ジロ、と険しくも見える表情で睨まれて思わず男子達だけでなく私達まで肩に力が入る。
仕方ないことだとは思うけれど、王族としてお話する時とは全く違う表情だからもあってちょっと怖い。貝のように固く口を閉ざしながら口角に力を込めて意識的に笑い返す。それでもやはり彼の眉間は皺を刻んだままだ。
丸縁の眼鏡をクイッと中指の先で上げながら顎を上げ、目だけで私達を見下ろす騎士こそが、さっきセドリックが呼んでいた騎士のノーマンだ。
垢抜けない声を敢えて低めて放つ彼から、子ども相手にも容赦ない圧がかけられる。タンポポと同じ鮮やかな黄色の髪をした騎士は、少しうねった髪を頭ごと傾けながら私達を睨んだ。
エリック副隊長より十センチは低い背の彼だけど、威圧感は倍以上だった。確か騎士団の中ではまだ数少ないアーサーより年下の騎士である彼は、私が叙任式で任じた騎士の一人でもある。……そして、王族でもないアーサーが今回念入りに変装を凝らした原因だ。
「やはりアラン隊長も勝手が過ぎます。御自分の親戚ならば自分が面倒を見るべきでしょう。それをエリック副隊長が見ること自体が間違っています。事情は理解しましたが、何故部下というだけで見ず知らずの子どもをエリック副隊長が」
「待て待て待て。だから迷惑とは思ってないって!騎士団長にも許可は得たし一番隊も今はブライス隊長が……」
「ええ存じています。ブライス隊長達が今は御自身の隊であるニ番隊と共に指揮をとって下さっていることは。我が隊も一番隊と同じく隊(・)長(・)も(・)副(・)隊(・)長(・)も(・)不(・)在(・)で(・)困っていますから」
今はイジドアさんと副団長が見て下さっていますが、と言いながらノーマンの声が更に低まる。
何だろう、物凄い怒ってる。
まるで私達が怒られているような感覚に、違うとわかっていても肩身が狭くなる。更には口の中を飲み込んでしまうと、同時に背後からアーサーまで喉を鳴らした。小さく顔の角度だけ変えて覗いてみると予想通りに俯いたまま滝のような汗で顔を湿らせていた。
無理もない。だってノーマンはアーサーとハリソン副隊長が所属する八番隊の騎士なのだから。
エリック副隊長とノーマンの会話を聞きながら、アーサーはもう生きた心地がしないだろう。表向きはハリソン副隊長はセドリックの護衛、アーサーは王居にいる私の近衛騎士任務で午後まで居ないということになっているけれど、隊長副隊長の不在はやはり隊としては士気にも関わるだろうし。
「ノーマン。お前はもう少し言葉を……」
「エリック副隊長は上官ではありますが、自分の直属の上司ではありません」
やんわりと言うエリック副隊長にノーマンは棘を刺す。
立場で言えばエリック副隊長の方が上なのに‼︎まさかここまで攻撃的な下だとは知らなかった。王女としてお会いした時はいつも顔を真っ赤にするほど緊張しながら頭を下げてくれて、凄い丁寧な方だなと思ったのに。
まさかこれが表と裏というものだろうか。いや、王族相手なら畏まるのは仕方がないし、それだけで裏表あると判断するのはおかしいけれど。ノーマンもまさかここに王族二人が並んでいるなんて夢にも思わないだろう。しかも、その背後にいるのは正に彼の直属の上司であるアーサーだ。
背の高いアーサーの背中が、俯いたままみるみる内に丸くなる。擦れる声で「すんません……」と呟いた言葉は恐らく私とステイルに向けてだろう。エリック副隊長に向けてもあるかもしれない。
そのまま私達も含めて子ども組を置いたままエリック副隊長とノーマンの言い合いが続く中、遅れて帰る生徒達がバラバラと私達からなるべく距離を取るように反対端を寄って校門を潜っていく。完全に騎士のイメージが畏怖で定着しそうで心配になる。私達と一緒に来た男子達も若干引き気味だ。
どうしよう、このままじゃお話どころではない。
そう思っていると、タタタッと私達に向けて小さな足音が駆け込んでくる音が聞こえた。気になって振り返ってみると
「のん兄っ!」
明るい声と共に、小さな女の子が目を輝かせてこちらに手を振っていた。
見かけから判断して初等部の生徒だろうか。ブンブンと元気よく手を振る女の子は柿のようなオレンジ色の髪を二つ結びにした可愛らしい女の子だった。のん兄⁇と首を傾げたら、元気良く跳ねながら駆け寄ってくる彼女にノーマンはピタリとエリック副隊長へ言い返す口を止めた。
「ライラ」と一言呼んだノーマンは、身体ごと初めてこちらに向き返る。私達も彼女に道を開けるように端に寄ると、ライラと呼ばれた女の子は威圧たっぷりのノーマンに全く物怖じせずに両腕を広げて飛びついた。
「遅くなってごめんね!あのねっ、私もうお友達できたの!同じ寮の子でね、席も隣でお部屋も近くて!」
それでねそれでね!と抱き着いてすぐに今日あったことを嬉々として話す彼女は、目が宝石のようだった。
ノーマンも後から彼女の背中を受け止め、軽く相槌を打つ。話を最後までしっかりと聞き終わると「ならもう寮へ戻って良いぞ」とそこであっさり会話を切った。
どうやら彼女がノーマンが会いに来た子らしい。エリック副隊長が「その子が妹か?」と尋ねると、ノーマンは中指で丸眼鏡の位置を直しながら顔だけをエリック副隊長に向ける。はい、とまたライラちゃんに返した若い声とは違う低めた声をエリック副隊長に返した。
「末のライラです。寮に無償で入れる年なのは妹だけなので。自分は騎士団演習場ですし、村から通うのにプラデストは遠過ぎますから。……僕はアラン隊長のように部下に家族を押し付けられるほど偉くもありませんし」
また棘がグイグイ刺さってくる。
エリック副隊長だから笑って今も「だから押し付けられてはいないって」と許してくれるけれど、他の隊長格だったらもっと怒られてもおかしくない。
ライラちゃんが首を傾げながら「のん兄の友達⁇」とあどけない声で尋ねるけれど、ノーマンは「いや」と一言断ってから妹の為に曲げた腰を再び伸ばした。
「僕とは別部隊の副隊長と、偶然居合わせただけの中等部生徒だ。それではエリック副隊長、これで失礼します。先ほども言った通り、自分は送迎ではなく妹の様子を見に来ているだけなので」
それでは。とライラちゃんの両肩をノーマンはポンポンと軽く叩くとあっさりと彼女に別れを告げた。
そのままロボットのような規則正しい歩き方でその場を去ってしまう。ライラちゃんが「もっと話さないの?」と聞いたけれど、ノーマンは「また明日」と断ってしまった。私達の所為で話難かったのかなと思うと申し訳なくなる。
ライラちゃんもライラちゃんで大して寂しがる様子もなくノーマンの背中に手を振ると、私達には目もくれず寮の方に笑顔で走り去った。……取り敢えず彼女も彼女で寮暮らしを楽しんでくれそうなのは何よりだ。
ノーマンが去って行った後エリック副隊長がフォローするように、ステイルが紹介し直した男子達へ笑顔で神対応してくれた。私とステイルも会話に少し混ざりながら男子の飛ぶような質問の山へ見事に答えてくれるエリック副隊長を見守っていたけれど、アーサーは帰るまでずっと一番背後で項垂れたままだった。
苦しそうに聞こえた「ノーマンさん……」という言葉が、彼の心情を見事に物語っていた。
………
「…………ああくそ、……また……」
城を向かい早歩きする中、ノーマンは一人呟く。
頭の中では妹のライラよりも、最後に別れた少年少女の顔が思い出される。ちゃんと視界に入れてもいなかった彼らの顔は記憶の中で既に朧げだった。
しかし、一つ思い起こせば彼は一人タンポポ色の髪ごと自身の頭をぐしゃりと片手で掴み、抱える。
「…………………………………………………最悪だ」
彼の深い溜息を聞くものは、誰もいなかった。