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──元悪役令嬢、子供たちの入学の世話をする
子供たちも今年で6歳。
ついに学園に入学する日が迫ってきた!
学園に入学するにはいろいろと準備が必要だ。
制服が必要になるし、教科書の類も揃えないといけないし、体操着だって必要だし、入学のための書類も準備しなければいけない。
やることいっぱいー!
「手分けして揃えよう。書類は俺が済ませる。制服とか体操着は任せていいか?」
「アイ、サー!」
というわけで書類に強いベルンハルトが入学手続きを進め、私は子供たちの制服などの衣類を担当することになった。
「マンフレート、エリザベス! 買い物に行くよ!」
「何買うの?」
「君たちの制服と体操着だよ」
「制服?」
この子たちはまだ自分たちが学園に入学するのを把握していないんだろうか。
「それって学園で着るの?」
「そうそう学園で着る奴。それから体操着も買わないとね。これは運動するときに着る奴だよ。君たちが学園に入ったら、両方にお世話になるからね」
「はーい!」
うんうん。最近では子供たちも成長したのか聞きわけがいい。あまり無茶苦茶なことを言って親を困らせるようなことはない。子供たちの成長はよいことだ。でも、まだ反抗期という問題を抱えているんですがね。
「なら、買い物に出かけようか。パパにお土産も買って帰ろうね」
「うん! お土産、選ぶよ!」
この子たちもついに学園かー。人が育つのって本当に早いな―。
しかし、心残りなのは一緒に入学する友達がいな──いたー!
そうだった! エルザ君も私と同時期に妊娠してるじゃん! あれから無事男の子を出産っていうおめでたいお知らせがあったけど、今年学園に入学じゃない!?
も、もう、エルザ君もフリードリヒも地雷ではないので、子供たちがちょっかいを出しても大丈夫なはずだ。多分。恐らく。メイビー。
でも、この子たちは若干野生児だからなー。蝶よ花よと育てられた皇室のおぼっちゃんを相手にできるものか……。親としては外に出しても恥ずかしくないように育てたつもりではあるのだが。若干不安だ。
「どうしたのですか、アストリッドさん?」
「いや。今年ってエルザ殿下のお子さんも入学じゃないかなって」
ベスも買い物は一緒に来てもらっている。この間、セラフィーネさんが襲撃してきたこともあって、ベスは気が立っているのだ。子供たちがセラフィーネさんにさらわれるんじゃなかろうかと警戒中である。
「ああ。ハインリヒ殿下のことですか。確かに今年から入学だと聞いています。学園も受け入れ準備にてんやわんやでしょう。大層なことです」
「大層なことですって。うちの子たち、ちゃんとやっていけるかなー」
「あなたがやっていけたのですから心配はいらないのでは?」
「ベス、酷い!」
ベスってば酷いよ! 私がどれだけ神経を使ってあの悪夢の10年間をやり過ごしたと思ってるんだいっ!
「私はそれなり以上に神経を使ってフリードリヒ殿下たちと接してきたんだよ! 私はこの子たちみたいな野生児じゃなかったし! マナーだってばっちりで、虫を持って親戚を追いかけまわしたりはしてないんだから!」
「あの子たちが野生児に育った原因の半分ほどはあなたにあると思うのですが」
「……ま、まあ、そうかもしれないけど」
うぐっ。ベスの言っていることがもっとも過ぎて言い返せない。
この子たちが野生児になっちゃった原因の半分は私の使い魔であるフェンリルのせいで、残りが私という具合なのだ。
マナーとかも教えてきたつもりなんだけど、それに比例するようにサバイバルスキルも伝授してきたからな……。私が野外活動部で培ったキャンプを家族でやってみたり、ベルンハルトの釣りに付き合わせたり、狩りでは獲物のさばき方を教えたり……。
個人的には趣味の範疇でやってくれるだろうと思っていたのだが、思いのほか子供たちが嵌まってしまい、今の野生児化へと至るのである。とほほ。
「私はあなたが野生児化させようとするのに対抗して、マナーを叩き込んだのですよ。そのせいで鬼のように恐れられることになってしまいましたが」
「子供たちもベスのいうことはちゃんと聞くもんねー」
親としてどうかと思うけど、ちゃんと叱る人がいてくれると助かるよ!
私とベルンハルトはどうしても甘やかしちゃってね。初めての子供だから、どうしても甘くなってしまうのだ。子供たちも可愛いし。
その点、ベスが叱ってくれるのはありがたい。ベスはちゃんと論理的に怒ってくれるので、子供たちも理不尽だとは思っていない。悪いことをしたとちゃんと反省してくれる。私が怒るとどうも感情的で、子供たちが納得してくれなかったりするからなー。
「というわけで、お世話になるよ、ベス!」
「いい加減にしてください」
そうは言ってもちゃんと子供たちの面倒を一緒に見てくれるベスは最高のパートナーだぜっ!
「さてさて。制服を売ってるのはここら辺だったよね」
私とベス、マンフレートとエリザベスは商店街を進み、目的の店舗を探す。
「あった、あった。あそこだ」
私は商店街の中から聖サタナキア魔道学園の学用品を扱う店を見つけ出した。こういう店は学園と癒着しているのではないかという疑問も湧いてくるが、今は特に気にしないでおく。世の中そういうものだよ。
「いらっしゃいませー」
「すいません。新入生の制服と体操着を買いに来たんですけどー」
店員さんは既にお客さんと接客中だった。
そのお客さんというのが──。
「エルザ殿下!?」
エルザ君だー!
「ありゃ。見つかっちゃいましたね」
エルザ君はテヘッという具合に笑うと、私たちの方を向いた。
「アストリッド様も新入生の制服と体操着を買いに?」
「え、ええ。エルザ殿下も?」
「はい。ハインリヒが入学しますからね」
皇太子妃が自分で買い物に行くのか。流石は平民生活を送ってきただけはある。
「侍従さんたちに任せておけばいいとも言われたんですけど、商店街の人たちに一度挨拶しておきたかったですからね。ここは私が育った場所ですから」
ああ。そっかー。エルザ君もこれまでの人生の大部分をこの商店街で過ごしているんだよなー。宮廷とか城よりも商店街の方がなじみ深いか。
「まさかハインリヒ殿下も一緒で?」
「いいえ。私だけです。本当は一緒に来たかったんですけど反対されて」
「反対というとフリードリヒ殿下に?」
「いいえ。宰相閣下とかいろんな人たちからです。宮廷の人たちはあんまり庶民的なことは好きじゃないみたいで」
まあ、皇太子妃がその息子を連れて自分で学園の制服を買いに行くといったら止めますわな。警護の問題とかもありますし。それでも自分を貫き通すエルザ君はすげえぜっ! フリードリヒがなよなよだからどうなるかと思ったけれど、エルザ君が傍にいるなら安心できる気がしてきた!
「そちらはアストリッド様のお子さんたちですか?」
「はい。マンフレートとエリザベスです。ほら、皇太子妃殿下だよ」
エルザ君が子供たちに視線を向けるのに、私が挨拶を促す。
「こんにちは、こーたいしひ殿下!」
「こんにちは!」
うんうん。いつも通り元気よく挨拶できたね。
「元気がよくていいですね。ハインリヒはちょっと人見知りが激しくて、なかなか他の人に挨拶できないんですよ。学園に入って友達ができるといいんですけど」
ほへー。人見知りとは。フリードリヒの遺伝子でも、エルザ君の遺伝子でも、人見知りの要素はなさそうなのになー。
まあ、きっと宮廷で育てられているからだろう。大事に大事に育てられ過ぎて、過保護になっているのかも。父親はあのフリードリヒだし。あいつ、スパルタな父親である皇帝陛下のような教育は絶対しないだろうからな。
「私たちが友達になってあげるよ?」
「友達はいっぱいいるほどいいんだって!」
こらー! 相手は皇太子妃だからー! いつものノリで会話しないで―!
「それは嬉しいなー。なら、学園に入ったらハインリヒと仲良くしてね?」
「うん!」
ほっ。エルザ君が大人の対応をしてくれてよかった。
「ささっ。君たちも学園に入るのに制服と体操着を揃えようね」
「はーい」
エルザ君の買い物が終わったので、次は私たちの番だ。店員さんが採寸を測り、ちょっと余裕がある程度のサイズの制服を選んでくれる。
「子供たちはいいですね。私ももう4人くらい欲しいです」
「え? 4人も? お産、大変じゃありませんでした?」
「まあ、苦労しただけ可愛いという奴ですよ」
うわあ。エルザ君ってばかなりタフだなー。私はこのふたりを産んだだけでギブアップなのに。後4人とは。これだけタフな皇太子妃もいないだろう。
「では、次は入学式でお会いしましょう、アストリッド様」
「ええ。入学式で」
エルザ君は迎えの馬車に乗って去っていった。
「エルザ殿下も幸せなのかな?」
「そうでしょう。一度は魔女の手で歪められた運命ですが、彼女は自分の運命を取り戻した。それを幸せと呼ばずして何と呼ぶのです」
エルザ君も高等部の3年間は問題児だったけど、今思うとあれもいい思い出──なのかなあ? いまいち疑問符が付く話である。
まあ、今の私とエルザ君にはそれぞれ幸せがあるからよしとしよう!
「ママー! これ着て帰っていい?」
「ダメですー。これは入学式の日まで綺麗にしておかなきゃいけいないからね。さ、着替えたらパパにお土産を買いに行くよ!」
「分かったー!」
子供たちも学園の制服にテンションが上がっている。学園に行きたがらなかった私とは対照的だ。もう待ち遠しくて仕方ないという感じである。
「ベス。これからもよろしくね」
「ええ。こちらこそ」
いよいよ子供たちも学園に入学。人生の節目だ。
子供たちが学園で上手くやっていけますように!
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